2015-03-29

遠足の子供たちの行列に

遠足の子供たちの行列に手を振ってみる。
手を振る僕が怯えた顔では、
振られた子だって困るだろう。
だからなるべく笑顔をつくる。
子供の心に戻って手を振る。

怪訝な顔をする子もいるけど、
手を振り返してくれる子もいる。
ずっと下を向いている子や、
怯えた様子の子もいるけれど、
元気に挨拶してくる子もいる。

大人になっても同じことで、
僕への反応は人それぞれ。

僕があなたに手を振ったとき、
答えてくれて嬉しかった。
ほんのちょっとしたことだけど、
心が温かくなった気がした。

2015-03-26

何枚も写真を撮ったのに

何枚も写真を撮ったのに、いい笑顔を一枚も撮れなかった。
僕が、いい加減な気持ちになっていたから。

何枚も撮れば、確率論的に、一枚くらいは、
いい写真が混ざっているだろうと考えてしまった。
せっかくモデルになることを承知してくれた人と、
向き合うことを怠った。
美しさを見つめて
伝えようとする努力を怠った。

雑な気持ちで写真を撮るから、
いい笑顔が写らないのだ。
相手をちゃんと見つめないから、
そのことにさえ気づかないのだ。

一期一会の出会いだから写真を撮り直すことはできない。
申し訳ない気持ちになる。
失敗した写真は載せるのは、彼女たちに失礼だ。
残念だ。ただ残念だ。

2015-03-24

仕事について質問するのは

仕事について質問するのは、
それがあなたの夢や志とつながっていると思うから。
つながっていて欲しいと思うから。

お金や生活のために、あなたが嫌々やっていることには興味ないです。
あなたを値踏みするために、あなたの職業を尋ねる人もいるかもしれないけど、
僕はそうした人間の一員にはなりたくない。

あなたが何を求め、何を目指して、生きているのか?
それを知りたいのです。
いままで生きて、あなたは何に価値を見出したのか?

あなたの目指すものが分かったら、僕はそれを他の人にも知らせます。
それを知る人が増えれば、あなたを応援し支える人も増えると思うから。
それが僕なりの応援のしかただから。

もし、あなた自身にも自分の目指すものがはっきりしないのなら、
それについて真面目に考えて欲しいです。
「汝自身を知れ」それはとても大切なことだからです。

そういうわけで僕は、次のように問いかけたいと思います。
「あなたが今一番時間を費やして行っている活動(仕事)は何ですか?」
「その仕事は、あなたが本当にやりたい事と、どうつながっていますか?」

2015-03-23

過剰防衛な女性と世界の悪意

街で突然声をかけて取材交渉をすると、当然、断られることが多々あります。断られるときも、ほとんどの場合は、気持ち良く別れることができます。「私は協力できないけど、がんばってください!」という暖かい言葉をもらうこともしばしばあります。

しかし、ときには嫌な断られ方をすることもあります。今日声をかけた女性には、まったく話を聞いてもらうことができませんでした。僕が「すみません」と声をかけたら、その人は僕を避けるために後ろに3歩くらい飛び下がり、そのまま方向転換して、いま来た道を引き返して行ってしまいました。

その態度を見て、ちょっと悲しい気持ちになりました。僕は悪意を持って声をかけたわけではありません。その人は過剰防衛だったと思います。

残された僕は、過剰防衛なその人の目に世界がどのように映っているのかを想像してみました。

おそらく、その人から見ると、世界は悪意に満ちていて、話しかけてくるのもみんな悪い人なのでしょう。
そして今日も突然悪い人に突然声をかけられてしまったが、なんとか身を守ることができたと思っているのでしょう。
僕の話を聞いていれば、僕が悪意を持った人間でないことくらいは分かってもらえたはずです。しかし、話も聞かずに逃げてしまったがために、その人は、得体の知れない人に声をかけられるというとても怖い体験をすることになってしまいました。

もしかしたらその人は、誰かに騙されたり、利用された経験があるのかもしれません。そして身を守るために、容易く人を信頼しないようにしているのかもしれません。
しかし、ここには、世界が悪意に満ちているという先入観を強化する負のスパイラルがあります。つまり、先入観があるがゆえに、怖い体験をしてしまい、世界が悪意に満ちているという先入観がさらに強まるという悪循環です。

こんなふうに世の中を見ている人は、少しかわいそうな気もします。
僕が大切だと思うことは、まず、この悪循環の存在に気づくこと。それから、その悪循環を抜け出すために、もう少しだけ心を開いてみることです。
そうすればきっと、人の美しさをもっと感じ取れるようになれます。そして、そのことによって、自分自身も美しくなれるはずです。

美人おみくじが理想とする「美人」は、そういう美しい人です。どんなに外見がキレイでも、心を閉ざしたままの人は、美人おみくじのモデルにはなれないのです。(だって取材交渉を断られてしまうから)

2015-03-19

僕の使命 その1

「美人おみくじのモデルになってください!」と声をかけても、「私はそんなに美人じゃないから…」と断られてしまうことが多々あります。

断られた場合は、しつこく無理なお願いをしないように気をつけています。しかし僕が、美しさを感じたからモデルをお願いしたのだということは分かって頂きたいです!

本人の気づいていない美しさに、僕が気づいてしまったかもしれません。だとしたら、「あなたは美しい!」と伝えることが、僕の使命なのかもしれない、などと考えたりしています。

取材交渉のときに、こんなことを冗談っぽく言うことがありますが、実はわりと本気なのです。だからこそ僕は、美しさに対する感覚をもっと磨いていきたいと思っています。

2015-03-08

掲載許可の取り方を見直します

ここ数日の取材で、掲載のための許可の取り方を見直す必要があることを実感しています。

これまでは、原稿を確認してもらって、その掲載許可をもらうというやり方を採用していました。しかしこのやり方では、モデルの方の連絡先を教えてもらう必要があります。

実際に取材交渉をしたところ、写真や記事の掲載は構わないけれども、僕に連絡先を教えることには抵抗があるという人が多くいました。モデルの方の連絡先を聞くこと自体が目的ではないので、掲載許可の取り方について、再検討する必要があるようです。

2015-03-07

宗教の勧誘とメッセージ

美人おみくじのための取材は、ナンパとの共通点が多いと思っていたのですが、宗教の勧誘にも似ているかもしれません。

こんなことを思ったのは、昨日、宗教の勧誘にあったからです。 自転車に乗ったスーツ姿の若い男二人組に声をかけられました。一人は欧米人でした。分かる人は既にピンときていると思いますが、モルモン教です。

この人たちも、いろんな人に声をかけては冷たくされて傷ついているんじゃないだろうかと、そんな考えが頭に浮かびました。なんだか憐れになって、少しだけ話をすることにしました。だいたい次のような会話です。
僕:モルモン教の勧誘ですよね?
彼:その通りです。よくわかりましたね。
僕:こんな感じの二人組は、まず間違いなくモルモン教ですからね。調子はどうですか?
彼:最近、調子いいんですよ!
僕:お、ついにモルモン教フィーバー到来ですかね!?モルモン教のメッセージを一言でまとめると、どんな感じなんですか?
彼:いろいろと偏見のある方が多いと思うんですけど、教会に来てもらって実際に見てもらえばですね、…
僕:いや、そうでなくて、教会の教えを一言でいうと?
彼: それは、父なる神が、どうのこうの…(詳細は忘れました)
僕: なるほど。父なる神を感じようみたいなことですね。じゃあ勧誘がんばってください!さようなら!
「あなた方のメッセージは何ですか?」という問いを投げかけたのは、イジワルではなくて、それが大切なことだと思ったからです。街で突然見知らぬ人に声をかけるのは、何かを伝えようとしているのではないか、と考えたわけです。残念ながら、彼らの言葉は僕の胸には響きませんでした。彼らは、何かを伝えようとしているわけではなく、いたずらに信者の数を増やそうとしているだけに思えました。

しかし彼らのとの対話は、翻って僕自身のことを考えてみるとどうなのだろうかという、反省を促してくれました。僕のメッセージ、あるいは美人おみくじのメッセージは何なのか?これを聞かれたら、僕は即答できないかもしれません。

暫定的に僕が持っている答えは、「もう少しだけ心を開こう!」というものです。これは僕のメッセージであり、僕自身が挑戦していることでもあります。そうすれば、人生はもっと楽しくなるし、世の中のもっと良くなるはずなのです。
実のところ、街で突然見知らぬ人に声をかけるのは、僕もちょっと怖いです。もちろん、声をかけられる人も怖いでしょう。でも、お互いに心を閉ざしていたのでは、ただ擦れ違うだけで何も起こりません。安全かもしれませんが、これでは少しも楽しくありません。
ほんの少し心を開いて、ほんの少し心を通わせ合うことで、何が起こるか見てみようという挑戦が、この企画です。きっと何か素晴らしいことが起こるはずだと僕は信じています。

2015-03-04

ポエムのようなもの

心を閉ざしていったい何を守ろうというのか?
心を閉ざしたその時に守るべきものは失われている。
僕は街をさまよってYESを探す。
みんなのYESをほんの少しの触れ合いを
拾い集めて何が出来るか
それを見届けたい。

というポエムのようなものを気づいたら手帳に書いていました。自然にできなものなので、どういう意味なのか、なぜこの表現なのか、自分でもはっきり分からない箇所もあります。しかし、そうしたものであるからこそ、僕の心を反映しているのでしょう。

岡本太郎の美人論

岡本太郎が、美人について、とてもいいことを書いているので引用します。
ぼくにいわせれば、本当の美人というのはその人の人間像全体がそのままの姿において充実し、確乎として生命感をあらわしている姿だと思う。皺クチャのお婆さんだって、美しくありうる。鼻がペチャンコだろうが、ヤブニラミだろうが、その人の精神力、生活への姿勢が、造作などの悪条件も克服し、逆にそれを美に高める。
美人というのは本質的には女性の数だけあるとぼくは思っている。もちろん男性においてもだ。
出典は、青春文庫版『自分の中に毒を持て』178〜180ページです。

2015-03-03

連絡くれるかなー、と思った人が連絡をくれないのはとても残念なことです。
でも仕方がない。そういうのも含めて貴重なフィードバックです。

つまりこれは、何かを変えなければいけないというサインですね。
もう少しドライに仕事を進めていくように心がけます。その方が上手く事が運ぶかもしれません。

2015-03-02

AKB48と美人おみくじ

僕はTwitter上で、有名な批評家や学者に対してコメントを送ることがよくあります。おべっかは嫌いなので、たいていの場合は批判的なコメントです。口汚く罵ったりするわけではなく、反対意見をやや上から目線で述べるだけです。しかし、それでもコメントを受け取った批評家や学者さんは、かなりの確率で僕のアカウントをブロックします。

昨日は、宇野常寛さんという批評家に対してコメントしました。テレビにもよく出演している方なので、知っている人も多いかもしれません。アカウントをブロックされることを覚悟の上でのコメントだったのですが、この方は僕に返信をくれました。そして、数回やりとりを続けるうちに、僕のアカウントをブロックするのではなく、フォローしてくれたのです。

フォローされた瞬間、美人おみくじ企画が、宇野さんのAKB48論の影響を受けていることを思い出しました。

企画を立てるときに僕の脳裏にあったのは、AKBのファンがメンバーの誰かを「推す」ということの意味です。
AKBの人気を支えているのは、気に入ったメンバーを推すファンの存在に他ならないですが、こうしたファンたちは、誰かを応援することによって逆に自分が元気をもらうという関係にあります。

このような、人を応援することで自分も頑張れるという関係性は、とても良いものだと思います。大袈裟な話、人間社会の根本を支えるとても大切な原理であるような気さえします。
成功するか失敗するかはまだわかりませんが、美人おみくじ企画が実現したいのも、こうした関係性なのです。