2015-06-18

神社やお寺の普通のおみくじは質が悪くて残念

おみくじは、吉凶の大きさを競うゲームではなくて、人生を正しい方向に導くためのお告げであるべきです。

しかし残念なのは、神社やお寺のおみくじ作成者が、その役割に自覚的であるとは思えない点です。霊感のない人がおみくじをつくっているんじゃないかと思ってしまうときが多いわけです。

たとえば、Twitterで見かけたのが、こんなおみくじを見かけました。これを引いた人は「神様に個人的に嫌われているとしか思えない」と書いていました。そう思ってしまうのも無理のないところかもしれません。人を導くお告げとしてではなく、呪いとして機能していたわけです。
見知らぬ方のツイートでしたが、次のようにコメントしました。
願望:叶いにくいでしょうから諦めずに努力しましょう。
病気:長引くでしょうから健康には気をつけましょう。
失物:見つかりにくいでしょうから失った物への執着心を捨てましょう。
待ち人:遅くなるでしょうからその間に自分を磨きましょう。 
Twitterの文字制限もあるので、ちょっと強引なポジティブ解釈だったかもしれませんが、僕としては呪いを解きたかったわけです。

本来ならば、おみくじはもっと深い内容を持たないといけないと思います。これは断言しますが、おみくじは芸術作品としても成立し得るものです。普通のおみくじの作者にも、もっと頑張ってもらいたいです。誰もやらなければ、僕が頑張りますよ。

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